駆けろ!Pur Sang

Pur Sangとは、フランス語でサラブレッドの意。馬の話を綴ります

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秋のG1、空洞化

何年も前から言われていることなのだが、JCのメンバーが薄っぺらになり、有馬記念が秋や同然という状況が続いている。

自分が馬主や管理する側なら、国内のレースと、格が高く勝てる見込のある海外のレースのどちらかを選択しろとなれば、そりゃ後者を選ぶに決まっている。興行はどうなるんだという話だが、ぶっちゃけそんなことはどうでもいい話で、その都合を馬に背負わせる義務はないし、好走することで将来への安定を得られるなら、尚更海外にチャンスを求めるのが自然な選択である。


かといって、秋の主要レースが空洞化するのは、日本の競馬の死活問題にもなる。売上以前に、血統選抜の意味を為さなくなくなる。やはり、番組改編に手を入れざるを得ないのではないだろうか?

やはり、格調高い天皇賞はあまりいじれないが、府中2000メートルという欠陥コースはやめるべきだろう。ふりを通り越して事故が起りやすい形態は、G1にふさわしくない。そこで、このレースを2400メートルにしてしまう。1800メートルでもいいのだが、マイルCSとの兼ね合いを考えれば、マイラーとそれ以上の距離の馬ははっきりと分ける方がいい。府中の馬場なら、中距離馬もギリギリもつ距離だ。
そして、ジャパンカップは春に移動させる。この距離の国際レースを今の時期に開催したところで、望んだレベルの馬は揃わない。香港や春の天皇賞との兼ね合いがあるのだが、大ナタを振るわないと今後に暗い影を落としそうだ。海外でも、長い歴史の仲で格を落としていったレースもある。無理をせず、役割を終えたという結論を出すことも必要ではないか?

そして、有馬記念であるが、中山競馬場で不利なくガチンコのぶつかり合いが出来る距離となると、2000メートルになってしまう。ステイヤーの出番がなくなってしまうが、ステイヤーズSの格上げ(ただ、同じコースをぐるぐる回るだけの今の形態は改善の余地あり)で、そこはなんとか解消したい。


番組はその国の競馬の有り様を変えるらしいが、一つのレースの存在だけでここまで影響を与えるのだから、恐ろしい・・・
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【訃報】大橋巨泉、逝く

タレントや放送作家であると同時に、日本の競馬界に、多くの提言と影響を残してきた大橋巨泉さんが亡くなった。


競馬に対しても造詣が深く、昭和時代からの競馬ファンには、大橋巨泉の競馬に関する蘊蓄はとても印象に残るものであり、現在にも影響を残しているものが多い。

府中の天皇賞に2000メートルへの距離変更も訴えていたという。この3200メートル時代の秋の天皇賞に関しては大川慶次郎も同様の意見を述べており、、近代のスピード競馬への対応と、あまり起伏のないコースを淡々とまわるレースでは退屈だという視点がある。結果、今では秋のG1でもっともハイレベルなレースに位置づけられている。


また、登録料に関しても提言をしており、引き上げることによってレースに出てくる馬を登録の段階で選抜するべきと言う考えだったが、まずかったのは具体名を出してしまい、その一頭であるレジェンドテイオーが好走したことで、それが引き金になって競馬からセミリタイアしてしまったこと。いっていることは正論だし、調教師の方もステップレースをシリウスシンボリの八つ当たりキックによって除外されていて悔いが残る臨戦過程だったこともあって、引くに引けない事情があったので、泥仕合になってしまった。


また、ディープインパクトの引退の際も、それを惜しむ声が多い中、あんな小さい体でこれ以上使うとかばかげているというような論調で、引退を歓迎するコメントを出すなど、人と違う意見を言う勇気と下地ももっていた。


もちろん、あくまで趣味の延長であり、競馬で飯を食っているわけではない文化人という「安全地帯」からものを言えるアドバンテージと気楽さがあるのは認めざるをえない。日本の競馬は、高尚なブラッドスポーツである以前に馬券で成り立つ興行であり、そこを生活の場にしている人も何万人もいる一大産業なのだから、貴族の高貴なゲームである欧州競馬に憧れた人間とは越えられない壁が存在する。
それでも、耳の痛いことを言ってくれる存在は、足の引っ張り合いとよいしょしかしないいまのメディアには存在しないため、尚更大橋巨泉という人間の競馬界への提言は独特の光を持ち続けるだろう。







マイクロチップ10周年

2007年より導入された、競走馬へのマイクロチップの埋め込みも、今年で10期目となり、完全に定着した。

一般の競馬ファンにとっては、本当に一切関係ない代物なのだが、外見の特徴や書類面だけで競走馬か否かという管理がなされていたものが、よりいっそう簡易かつ厳格に管理されるようになった。

ヒカルイマイと言う二冠馬はサラ系として有名なのだが、何故サラ系なのかというと、牝系の祖先であるミラという牝馬をオーストラリアから輸入する際、なんと「血統書を紛失する」という、あり得ない人為的ミスによって、その子孫がサラ系という烙印を押される羽目になったというエピソードがある。
明らかにサラブレッドであるにもかかわらず、紙切れ一枚によってその肩書きを失ってしまうほど、ブラッドスポーツというものは厳格で冷酷なのである。

現在、サラブレッドは世界規模で流通しているため、その個体管理も情報量も100年前の比ではない。どうしても紙媒体では追いつかないし、情報管理の限界があるため、マイクロチップを体に埋め込み、馬と共に情報も移行するシステムになったのだ。

ちなみに、埋め込み処理は当歳の春頃に行われ、たてがみの辺りに注射で注入されるのだが、たまに埋め込み位置が浅いと移動して、耳とか脚の方に移動することもあり、体に害はなくても冷や冷やすることも。

愛玩動物にもこのマイクロチップが義務化されて欲しいと切に願う。野放図な業界の上、飼い主のモラルも決して高いとはいえない(動物との付き合い方が下手な民族なのかもしれない)国では、販売行為のの認可や免許制と共に、マイクロチップによる飼い主と動物の管理が必須であると思うからだ。ましてや、震災時におけるペットの管理は、家を失うという人間の状況も相まって、目立ちはしないものの、愛好家にとっては人ごとではない問題であるため、確実に管理するという面において、大きな役目を果たすと思う。

マイクロチップは、人と共に生きる動物たちをつなぐ命綱になりつつある。




何故、馬は故障するのか?

ショウナンパンドラが骨折。同様に、クリプトグラムもレース後に骨折が発覚。どちらも速いタイムでレースを終えていたので、案の定上がる「馬場が硬いことが原因」の声。

20年前の論理だろうと思えてならない・・・・・・

今の府中の馬場は、日本の顔の競馬場と言うことでその管理技術も世界レベル。故障しない馬場を目指して日夜研究が続けられ、最高レベルの管理がなされている。大体、故障馬が続出する馬場では、それこそ興行に支障が出るし、「レコードタイムより、横一線でゴールするレースが一番盛り上がる」と一番理解しているのはJRAなのだ。だから、ハンデキャッパーの相馬眼も素晴らしい。

では、何故スピードが出るかというと、クッション性がいいからだ。

クッションが効くなら故障しないのでは?と思われるかもしれないが、クッション性には二つある。反発するタイプと吸収するタイプだ。前者は横に衝撃を分散して押し返す、後者は衝撃が縦方向に吸収されるイメージだろうか?

芝に限らず、ダートも、その状態や管理は気候で決まる。アメリカのダートも、大まかにわけると三種類に分類されると言われ、それに影響を与えるのが開催形態と気候である。
日本は温暖湿潤気候に属する(北海道は亜寒帯に入るが)。よって、夏は高温多湿になるため、最も適した芝は野芝、つまり高麗芝になる。ホームセンターで売られているあれだ。高温にも多湿にも耐えるこの品種は、根を浅く横に広げる。逆に、このことが乾燥する冬場に枯れてしまう要因になるため、30年前の風物詩である茶色の芝コースを生み出すことになる。活力のない状態でもレースが開催されれば、あっさりと芝は掘り起こされ、次第にダートコースと変わらないものになるため、故障の危険も増大する。

90年代に入ると、阪神競馬場でオーバーシードが導入される。これは、競馬の国際化の一環で、通年緑化計画が打ち出されたことが念頭にあり、かなり速いペースで実用化されていった。
野芝と対照的に、寒冷に強く、一年中緑を保ち、根が下に向かって伸びることでパワー重視の傾向になりやすいと言われる。牧草もこの洋芝の品種と変わらない。ただ、暑さや病気、酷使に対するストレスに弱いため、日本の開催形態に合わせるには、非常にコストが高く、管理も細やかにしなければならない。つまり、故障馬が出るようなずさんな管理では、生育できない代物なのだ。

さらに、気候条件によって細かく使用される品種がわけられており、野芝が使用できない函館と札幌でも、二つの競馬場で使用される品種と組み合わせが違うのだ。

さて、クッション性がいいとスピードが出るというのは、この野芝の生育が著しい五月の東京、京都開催で起こる現象である。新しく伸張を始め、張り巡らされていく野芝の根がネット上になり、衝撃を受け流すとともに反発するため、前進する馬の位置エネルギーにその反発が加わり、スピードが若干上がるのだ。むろん、馬の性能もあるし、重傷レベルになると調教もハイレベルになるため、そのあたりの疲労とも考慮に入れないと、故障原因は特定できないし、故障する馬のキャリアを見れば、ろくにレースを使い込めない体質の馬だったりする。要は、馬の肉体がパフォーマンスに耐えきれないと言うだけの話である。

ただ、メンツがそろわないと馬券への興味が低下することを知っているJRAとしては、クッション性が数値で以下に優れているとはいえ(場合によってはダートを上回る)、さすがにスピードが出すぎると言うことで調整はしているようだ。
真夏の開催になる新潟と小倉でレコードが連発されるのは、野芝がメインの競馬場だからだ。そこで、出すぎるスピードの抑制とクッション性の両立のため、根切りや小さな穴を開ける作業が行われる。これにより、根の発育が促され、より細い根が張り巡らされることでソフトなクッション性に変化する。

これだけやっても、故障はなくならないし、スピード化は止らない。地形や気候条件上、欧州みたいな馬場は出来ないし、やればおそらく死ぬ馬が倍増する。さらに、散水しただけで関係者だけでなく、ファンも非難するほど、日本はギャンブルとしての競馬が定着しているため、人為的な介入は極力避けなければならないスタイルになっている。
さらに、故障する馬が出る要因を考えれば、
・そもそも、馬自体がひ弱ではないのか?・・・馬を責めると炎上する上、原因と責任を履き違えるのが今の日本
・馬場管理の実態が知られていない・・・役人を責めればそれで満足するし、それ以外にあり得ないという風潮
・事実上の外厩なのに、育成牧場での出来事はほぼノータッチのマスコミ・・・馬は競馬場かトレセンで故障するものという固定概念の温床
と言う面にぶち当たるのだが、こういうことを言う競馬ジャーナリストはいない。一昔前なら、大川慶次郎や大橋巨泉などは、かなり鋭い視点と舌鋒で問題提起をしたと思うのだが、ここ最近のジャーナリストは競馬に対する知識が馬券からスタートしているせいか、それ以上の発展がなく、視野が恐ろしく狭く浅い。ただのゲームに過ぎないPOGではあれだけ熱心で詳しい情報を提供するのにもかかわらずだ(そもそもあれは、仲間内でやる競馬ドラフトごっこが走り)。
最近だと、河村清明氏がかなり鋭い視点で現場を取材し、ありのままを伝える姿勢が頼もしかった。サークル内だと、藤沢和雄調教師か。今の調教師の大部分にこの人の思想やノウハウが影響を与えているし、どこか冷めた視点での物言いが印象的だった。後は、戸山為夫調教師か。遺作となった著書では、一人の調教師が日本農政についてまだ語り、日本競馬のレベルアップについて真剣に考えていた。調教師は、これくらいの視野の広が左内とやっていけない時代なのだと思い、また惜しい人材をあまりにも早く亡くしたと思ったものだ。


うーん、今一番レベルアップしなきゃいけないのは、競馬マスコミじゃ亡いかと思ってきた・・・

ダービーを終えて

今年のダービー馬はマカヒキ!ハナ差の接戦を制するなど、今年はかなりレベルの高い、拮抗したレースだった。

おめでとう


しかし、目立つのは川田の騎乗フォーム。いわゆるトントン騎乗なのだが、あれって、意味あるのだろうか?

個人的にはないと思う。強いて言えば、一生懸命追っているように見えることと、深いダートで推進力を生むための扶助になる程度。

どんなに腰を馬の背中に落としたところで、人間の体重ごときで馬の体は伸縮しない。かえって、荷物が暴れている状況になって、マイナスになる。しかも、日本の競馬はスピード競馬。いや、世界的にもスピードに傾いているので、バランスの乱れになるようなことは避けるべきではないか?ヨーロッパから来ているルメールやデムーロにしても、多少体を起こすことがルとはいえ、頭が激しく上下するレベルではない。パワー重視の欧米ですらこうなのだ。

おそらく、地方出身騎手が移籍したことで、勝ちまくる彼らのいいところを真似ようという努力がマイナス方向に働いているような気がしてならない。だが、地方出身騎手の先駆けである安藤勝己は、ライデンリーダーで中央に挑戦した頃と引退時では、別人レベルでフォームが変わり、中央の騎手と遜色ないものに変化し、芝に適応したフォームへ進化させている。

早いタイムで決着する芝のレースでは、仕掛けのタイミングはまさに一瞬。即座に馬に指示を送り、周囲の状況変化に対応するには、それ相応のフォームが必要になる。道中は馬を邪魔せず、直線は馬の補助になるべくだ。
だが、トントンフォームになると、余計な上下運動が加わるため、競り合ったり一直線に走らせたりすることには強いのだが、最高速度で馬を走らせたり、急なコース変更への反応がどうしても遅れてしまうため、このフォームの騎手は必然的に制裁の対象になりやすくなる。
また、アクションが大きい分、リズムが狂うと影響も大きくなるため、スランプ期間が長くなりがちだ。この手の機種の勝率が下がり始めたら、割と長期間は馬券対象から外した方がいいだろう。

美しいフォームの騎手の奮起を求む!!

みんなのKEIBA

年が明けて新体制になったが、案の定何かが物足りない

この番組、とにかく落ち着きがない。解説人は、細江純子、岡部幸雄、安藤勝己など、非常に豪華で、内容にも定評がある人物を揃えていて文句はないのだが、それ以外が非常に軽いと言うか薄っぺらい。

スポーツ中継と言うものは、正確性を伝えることが一つと、誰にでもわかりやすい切り口を提示すると言う二つの面が必要だと思うのだが、この後者のセンスが壊滅的に駄目だと思う。

例えば、スーパー競馬時代からのレギュラーで、井崎修五郎氏がいる。伊崎氏と言えば、軽妙なトークでウンチクと当たらない予想を語るのが持ち味。なら、それに対応するのは堅実で正論をぶつけていくタイプの予想家が必要だと思う。
伊崎氏のトークは、うんちくの部分は競馬ファンでもうならされるものがあり、耳を傾ける価値があるのだが、予想はほとんど呪いに近いレベルなのでいらない部分。しかし、その軽妙なトークから発信される情報を元に堅実サイドの予想を聞くと、なるほどと言う納得の快感に一歩近づくのである。

話はそれるが、現役を引退した野村克也氏は、何とか野球をよく知らない人にもその楽しさと奥深さを理解してもらうために、野村スコープと言う配球を開設する上で必要なビジュアルエフェクトのようなものをテレビ局に依頼し、これが好評となって現場復帰する際の大きなポイントになったと言う。

みんなのKEIBAの解説人は、無駄に豪華なくらいに人材が揃っている。レースの駆け引き、ポジショニング、勝敗の分かれ目、こういったものをもっと分かりやすく解説できるツールを提供できれば、もっともいい構成になると思う。

視聴者が望んでいるのは、バラエティではなくエンターテイメントなのだから

ゴールドシップとは何者なのか

成績は超一流でありながら、一挙一動に人々が振り回される稀代のネタ馬になったゴールドシップ。あまりの自由奔放ぶりに、馬券もこの馬を入れるバージョンと入れないバージョンの二つを作っておかないと話にならない。

一体、この馬は何なのだろう?

・賢いが、狡賢い
同じような血統構成のオルフェーヴルが、ステイゴールドの一族の血を色濃く受け継いだのに対し、ゴールドシップの性格は、メジロマックイーンの物に近い。キレに乏しい分、持続する末脚に定評があるのもよく似ている。
ただ、巷で言われるほど、マックイーンは優等生キャラではない。むしろ、札付きのワルに近い方だ。馬主を口取り式で潰しかけ、坂路に入る事を嫌がってユタカを流血させ、ゲートを嫌がって発想を遅らせたり、ゲートイン直前で落鉄したり、早打ちマックの異名をとるほど、死の直前まで種付けを愛するなど、実にフリーダムな馬だった。
そういう資質がゴールドシップに受け継がれているため、どうすれば楽が出来るのか、どこまで行くと苦しくなるのかを馬が熟知しているため、競走馬で最も必要な「服従」の要素を拒絶できる馬なのだ。

・持久力はあるが、トップスピードは持続しない
スタミナタイプの馬と言うと、無尽蔵のスタミナで追走したり、他をねじ伏せるイメージがあるが、生き物である以上は速度に上限があるように、持久力も有限である。持久力とは、限界一歩手前の状態をどれだけ維持できるかと言う能力である。
ゴールドシップはクビが高い骨格のため、ストライドがかなり小さいので、トップスピードに乗るのが遅い上、乗ってもことさら速いわけではない。早めに仕掛けて助走をつけ、それに他の馬を巻き込むことで末脚の貯金を失わせた時に真価を発揮する。
逆に言えば、他の馬に仕掛けを無視されてしまえば、ひとたまりもない。スピードがないので後でキレで負けるか、追い付けなくなるからだ。無理して他の馬のスピードで走れば、エンジンがイカれてあっという間に減速してしまう。だから、この馬には出し抜けは不可能で、絶えず自己主張しながら、自分の土俵にすべての馬を引きずり込む必要があり、この点が騎乗したすべての騎手を悩ませる部分だ。

・決まらないスタート
まず、出れば御の字と言う時点で、G1馬としては異例の状況だ。しかし、この馬はさらにダッシュがつかないと言う致命的な弱点があるため、好意からの競馬が出来ない。
これは、先にあげた骨格に影響されるもので、ストライドが小さいので、一完歩がかなり小さくなってしまうため、一歩の大きさの差で置いていかれてしまうからだ。
スターと一番理想的なのは、馬なりで先頭に立つことだろう。スタートのセンスと完歩の大きさやピッチの速さから生まれるもので、これは才能と言っていい。スタート直後に仕掛けてながらポジションをとる馬の場合、「いけるのにいかない」や「展開を考えて仕掛けざるをえない」場合がある。ゴール地点からの逆さんから、こういうポジションには出来るだけついておきたいのに、馬が行こうとしない、あるいはいかせざるを得ないパターンだ。
ゴールドシップの場合、体の構造上、行かせようとしても体が動かない。行けば、リズムを狂わせ、走ることへの違和感や嫌家に繋がる。馬はあの長い四本の足で時速60キロ以上の速度を生み出すのだから、リズムと言うのは非常に重要な要素である。この独特のリズムをつかむことも、ゴールドシップに騎乗した騎手が抱える課題である。


こう並べると、この馬が勝つ要素はゲートが開く段階までわからないのだ。だから、予想は困難になるし、管理したり騎乗する側もナーバスになるし、「やるだけやった以上はもうどうしようもない」と言う心境になるの仕方がないことだ。
それでも、いくらか手がかりを並べていけば、見えてくることがある。
・基本、少頭数向きの馬
追いかける馬が少ないほど、追走はしやすいのだから当然だ。他の馬もゴールドシップをマークせざるを得ないため、必然的にペースに巻き込みやすい
・多頭数の場合、混戦より一強
上の条件と被るのだが、要はいかに自分のペースに周囲を巻き込むかが命題である以上、マークが他の馬に逸れてはいけない。そうなると、スピードのないこの馬より他のライバルにマークが集中し、無視されてしまう。地力=スピードでは、絶対に敵いっこないのだ
・直線スタートが望ましい
スタートしてすぐコーナーと言うコース形態だと、ポジション取りは熾烈なものになる。だが、スタート直後の駆け引きが絶望的なこの馬にとっては、お門違いの状況である。長距離戦のようにコーナーを何回も回ることで挽回が効くならいざ知らず、スタートから激しいコンタクトがあるコース形態では、蚊帳の外になることは必然だ。

後は、レース中のアクシデントや駆け引きの問題になるので、予想は不可能。しかし、こういった要素を押さえておけば、不要なストレスは抱え込まずに済む。「稀代のくせ馬」と言われたカブトシローも、買った条件を分析すれば、ただわがままなだけで堅実に走っていたと言う事が明らかになっている。そう、人間は万物の霊長、馬の事に一喜一憂する方がおろかだ。


藤田伸二の引退は「男」なのか

前代未聞の辞め方をした藤田伸二。その行動を「男らしい」と声援を送る者もあれば、「いかがなものか」と思う者もいる。


あくまで個人的な意見だが、これを「男らしい」と言うなら、世の男をなめているか、安く買いたたくなと言いたい。そもそも、自称・男ほど女々しいものはない。

彼は著書と歯に衣を着せぬ言い方でJRAに物申すところが受けている節がある。エージェント制に対する問題提起する姿勢も、それ自体は立派だと思う。だが、よくよく読めば、思い通りに出来ない現状を客観視できない、大人になりきれない男の姿が浮かび上がってくる。

外国人や地方出身騎手が幅を利かせ、自分より腕があるとは思えない騎手もリーディング上位になる現状は、エージェント制にあると彼は主張する。だが、彼もまたエージェント制の恩恵をかなり受けていた。そして、そのエージェントがなくなると同じ時期に成績が下降し、歯止めがかからなくなった。
この現実を、「エージェント制と言ういびつな構造がもたらした弊害であり、自分や武豊はその割を食った」と言うのが、ざっくばらんだが彼は主張するもの。だが、これはかなり矛盾している。
外国人や地方騎手は、一度免許を返上したり、異国の地へ渡ってその制度のもとで騎乗すると言うハンデをクリアし、実力を認めさせ、信頼を勝ち取った上で「窓口」となるエージェントを獲得している。もちろん、独占的なエージェントがいるのは事実だが、もっとも有利なエージェントと組みたいと思うのは自然だし、それを可能にするのは信頼と技術、そして結果だ。
また「馬の力で好成績を収めている」タイプの騎手も確かにいる。だが、ぽろぽろとりこぼしたりする二流には、本当にいい馬はいかない。かと言って、黙っていれば馬が回ってくるものではない。騎手は、平日は調教に何頭ものり、厩舎に顔を出し、時には馬主ともあったりして「営業」をする。この営業を姑息と見る人間も多いのだろうが、一般社会でも仕事で結果を出すには、その依頼を受けねばならず、その下地には接待や挨拶という地道な種まき作業がある。これを努力と言う。
エージェントの損失で騎乗機会がなくなり、卓越した腕があるのに挽回できない。武豊のように長期にわたって影響を残す怪我があるなら別だが、これは馬主や調教師の信任がないから、窓口も再び設置できないことにはならないか?

本を読む限り、藤田伸二と言う騎手には、こういった視点は感じられなくなっていた。「勝つことにこだわらなくなっている」と言う発言をする人間をのせたいと言う馬主がいるだろうか? クラブなら、会員から辞めてくれと言う声が上がるだろうし、自分の馬が一番かわいい、一番強いと信じる馬主は、プライドをひどく傷つけられる。

騎手は、中学を出てすぐ競馬学校で隔離された生活を続ける事になる。社会人なのだが、あくまで競馬村で培った価値観がベースになりやすいため、それを自覚し、能動的に視野を広げないと、競馬界もまた世間と地続きながら、隔絶されてずれた価値観に染まっていると気づけないのかもしれない。
彼の兄貴分であった田原成貴もまた、そのずれを自覚していながら、それを修正する事が出来ず、社会からドロップアウトしてしまった。


やはり、自分は藤田伸二を「男」とは認めることはできない。自己を客観視できない「男の子」のまま中年にさしかかり、つま先立ちして地に足をしっかり付いていないように見えるのだ。「男」だろうが「女」だろうが、自分の足で立ち、己のケツを己の手で吹かなければいけない。それが、大人であり、自由に生きる条件ではないだろうか?


世界に通用する馬づくりの今後

二冠を達成したドゥナランテが凱旋門賞に向かうかどうか、その動向が注目されているが、同じダービーを走った馬に故障馬も出ており、毎度のことながら高速馬場についての指摘がなされている。

あくまで個人的な意見だが、別に高速馬場だってかまわないと思っている。馬場のせいでタイムが早くなっている部分もあるが、馬の選抜によって高速化している面は確実にあるし、調教技術だって上がっている。それに、極論だが、ホースマンは「壊れる馬は弱い」と言う現実を踏まえている。
これは、馬が悪いと言うのではなく、その時代、クラス、レベルに耐えられない肉体の馬は必要とされないし、競走馬には向かないと言う意味だ。近親交配で生まれたサラブレッドは、どうしても健康面のリスクがつきまとう。それをクリアする事も馬産の命題だったため、スピード面で進化した現代のサラブレッドは、これからさらに頑丈度も求められるようになる。

では、このような馬場で走った馬が世界に通用するのかどうか?重い欧州で通用するかという不安があるが、オルフェーヴルクラスになれば、完璧に対応してしまったし、ジェンティルドンナやジャスタウエイなどは類稀な切れ味を武器にしながら、国際舞台でその実力をいかんなく発揮した。トップどころは、このように馬場の問題はクリアしてしまうようだ。
となると次のクラスの馬のレベルの底上げなのだが、馬場を回収したところで、解決にはならないだろう。気候や開催形態を無視したものは、必ずどこかへしわ寄せがいく。だが、いつも思うのは、コースを回収するのなら、なぜまっ平らなコースにしてしまうのかという点だ。

関西と関東の立場を逆転させ、確実に日本の調教技術の向上と馬のレベルアップに貢献したのは、坂路調教である。アップダウンのあるコースで調教される事で、後肢の強化、インターバルトレーニングの実現による持久力の向上だけでなく、持ち乗り制度などの厩舎改革などをもたらし、なくてはならないものになった。
欧米の馬場は馬場自体がタフであるだけでなく、コースの形態も実にハードだ。きついコーナー、日本でありえないほどの勾配、スタミナを奪う馬場。こういったものに対応し、それを可能にする馬を選抜するには、アップダウンのきつい競馬場で馬を選抜・淘汰するよりほかない。坂のあるコースで強い馬と塀た後者の馬が、平たんなコースでぶつかればどちらが強いかと言うと、条件が一緒なら大抵は前者だろう。坂を克服するパワーが物を言うからだ。

とは言うものの、土地の買収が可能な競馬場は限られているし、面積もたかが知れている。故・戸山為雄調教師が言ったように、最強馬作りは馬産のレベル、強いては日本の農林水産業の構造や土地の所有や売買にまで言及する問題なのだ。


テンメイが残した教訓

不測の事態による故障で、競走生活からリタイヤする馬が出るのは珍しい事ではない。ハープスターは、故障判明、現役引退、種付けと、電光石火の勢いで物事が進み、ファンを驚かせている。

そして、もう一件、物儀を醸し出しているのが、ウインバリアシオンだ。
当初は種牡馬入りとの知らせがあったが、一転して乗馬転向になり、今も進路は確実にどうと言える状況ではない。これには、数年前のウインのお家騒動、あまりにも微妙な競走成績、故障の多い体質、未だ供給過多の種馬業界と言う事情が絡んでいる飲んだが、ファンの心は穏やかではない。

「これだけの成績を修めながら種馬入りできないのか」「同じレベルの馬でも、結果を出している馬はいる」「乗馬だって、立派な第二の馬生だ」

全部尤もなのである。同時に、不十分でもある。そして、同じことが30年以上も前に繰り広げられていた。その渦中にあったのが、天皇賞馬・テンメイである。

テンメイは、天皇賞と有馬記念を勝利している女傑・トウメイを母に持っている良血馬だった。母同様、距離が延びるごとにステイヤーの血が目覚め、親子二代で天皇賞を制覇する快挙を成し遂げた。そして、それが最後の晴れ舞台となる。

ピークが過ぎ、引退の時期を迎えるものの、時代は「世界に通用する馬づくり」を標榜とする新時代を迎えていた。日本競馬は、スピード競馬への転身を図り、生産界は敏感にそれに反応する。
ステイヤーの結晶であるテンメイは当然のごとく声がかからず、JRAの所有も見送りになる。だが、その店名を買い取ると言う人物が現れ、状況は打は出来た、だれしもがそう思われたが、ここからがテンメイの本当の波乱で会った。

何故か、テンメイは水沢競馬で現役を続けていたのだ。天皇賞馬が地方競馬で走る。このとんでもない事態に(ちなみに逆は多数あるし、もてはやすのだが)、ファンのグループである「テンメイを守る会」が作られる事に。抗議活動を続けるのだが、競走馬はどこまで言っても馬主の所有物なので、法律上は馬主に優先権がある。それでもあきらめずに、何とカンパし合い、テンメイの将来のための資金を作り、引退後のサポート体制も整え、無事に店名は故郷に帰って種牡馬入りした。

だが、決してテンメイを購入した馬主は話のわからない人ではなく、代表者とも誠実に対応し、何よりテンメイが大好きだったそうだ。種牡馬にせず、現役で走らせたのも、行き場を完全に失わせるより、まだ走る力があるなら走らせてあげようと言う考えがあったからかもしれないが、憶測の域を出ない。
岩手時代の調教師も同じく、テンメイの事を考えていたようだし、テンメイの死後、自分の孫をテンメイの背に乗せている写真が見つかったそうだが、そこに映るテンメイは、実に穏やかで優しい表情だったと言う。そして、水沢競馬場でも、大スターだったテンメイを引退後も引き取るつもりでいたそうだ。この時代から、スターを輩出するだけではなく、中央で走っていた馬が岩手競馬で再生する下地が出来ていたのだ。


種牡馬入りしたテンメイは、牧場のサポートで繁殖牝馬を毎年キープしていたが活躍場を出す事が出来ず、平成5年に放牧地で骨折し、この世を去った。

事の顛末とテンメイの最期。競走馬の幸福。それは、競馬と言うファクターを外し、一つの命と言う視点に立たないと見えなくなってしまう。


後藤騎手の訃報に思う事

聞いた瞬間は驚いた。だが、時間がたつほど、意外とは思えなくなってきた

落馬、手術、リハビリ、復帰のループを繰り返し、先週も落馬。しかも、落ち方が以前より危なくなっているのを見ていると、本人は自分の体が以前ほど反応してくれない事を、確実に意識していたと思う。
老化で若い時ほど、自分の体が思うようにならないのは、三純台になれば誰でも感じ、ショックを受ける。騎手は命と体を張って稼ぐ職業だけに、感覚と反応のギャップは想像以上だったのかもしれない。


また、彼はサービス精神旺盛で、他人を喜ばせる事を常に考えるタイプだった。故に、愚痴をこぼして、ガス抜きを出来るとは思えない。岡部さんのように、普段は寡黙なくせに、メディアを使って辛口コメントを忌憚なく述べたり、アンカツのように、歳がいもなく過激な事を言ってしまえるタイプでもない。

気力をすり減らし、無理やり気分を上げている人は、自分の精神を知らず知らずのうちに蝕んでしまう。


でも、多くの人を悲しませ、家族を残し、妻を泣かせ、何より子供を父親のいない子にした事実は、たとえ本人が苦しかったにしろ、やっぱり許される事ではないと思う。生きる手段を選べる地位も、財産も、人間関係もあったのだから。

外国人騎手、ついに免許取得

ついに、外国人騎手も免許を取得し、日本を本拠地に選ぶ時代になった。しかも、デムーロとルメールと言うトップクラスだ


これが正常な姿だ


日本人が外に行くのはほぼ自由にもかかわらず、外国人が日本で乗るのは制限がかかるのは、岡部さんや野平さんが現役だった頃から指摘され、日本人から見てもおかしなことだった。馬は散々輸入し、人はダメ。それでいて、世界でのレベルはどうなのかと言うと、壁を突き抜けられずにいる。矛盾の限界が来たのだ。

さて、日本人騎手への影響はどうか?あるにはあるが、たった二人の参入では、トップどころにはそれほど影響はないだろう。リーディング上位や減量騎手は、乗る馬を失う事はそうそうない。しかし、大した成績を収めないままキャリアを重ねているだけの騎手は、廃業が早まるだろう。そして、こういう騎手は、ファンからしてもいようがいまいが関係ないレベルである。


馬七人三と言う以上、騎手に外国人が増えようが変わりはないはず。第一、乗っている馬自体、海外から購入してきた馬を育てたものばかりなのだから。

エイシンヒカリ、明日はどっちだ?



突然生まれた伝説のレース。

左回の府中。大逃げをかましながら、直線で外ラチに吹っ飛んでいったエイシンヒカリ

とてつもない天才か、単なるバカなのか?

三歳秋でこれでは、先が思いやられる。しかし、並みの性能では出来ないレース。

ペルーサと同じにおいがする…

アメリカ横断BC遠征

先日亡くなったタイキブリザードが行った二年連続遠征。
結果は伴わなかったが、二年連続でBCに挑戦すると言うとんでもない事を、あの時代にやっていたのだから恐れ入る。

ローテーションはどうするのか?水は持っていくべきか否か?飛行ルートはどうやって最短ルートでいくか?現地でどれだけのものが手に入るか?調教施設は?

ヨーロッパに行く以上にハードルが高かった。そして、いかに名血とはいえ、日本ではかかり気味に先行して押し切ってしまうタイキブリザードが手も足も出なかった現実。まだまだ海外遠征の壁は厚かった時代だ。

そして、すぐにその夢は同じ馬主の馬であるタイキシャトルによって叶えられる。その裏には、タイキブリザードが残した遺産があったことは言うまでもない。

【訃報】バンブーメモリー死す

オグリ世代のスプリンター、バンブーメモリーが死去。享年29歳。

安田記念の連投で走り、岡部幸雄で大穴をあけるミスマッチ。オグリとパッシングショットに二年連続で阻まれるマイルCS。スプリントG1になったスプリンターズSを真っ先に制する。販路でレコード連発。スプリントでも引っかかる。

アクの強い馬ではあったが、オグリ世代のいぶし銀であり、イロモノであり、バイプレーヤーでもあった。

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